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明智光秀の城~坂本城、亀山城(亀岡城)、周山城~

2020 5/30

明智光秀の城として有名なのは「坂本城」や「亀山城(亀岡城)」ではないでしょうか。

どちらも光秀が築城し城主となった城です。

どのような過程で築城し、城主となり現代に至るのか、また「周山城」についても記載しています。

目次

明智光秀の城・坂本城

光秀の坂本城は、イエズス会宣教師であるルイス・フロイスの言葉を借りるなら 「豪壮華麗」であり「信長の安土城に次ぐ城」であると云われています。

またルイス・フロイスは、光秀のことを「優れた建築手腕の持ち主」と記録しています。

その天下に有名な名城である坂本城はいかにして築城され、どのような城だったのでしょうか。

 

元亀2年9月12日(1571年9月30日)に、信長は宿敵であった比叡山延暦寺を焼き討ちにしました。

比叡山延暦寺との戦で最前線で戦ったのは、明智光秀だと云われます。

比叡山延暦寺

比叡山延暦寺

信長は光秀の功績を高く評価し、焼き討ち当日に「近江国滋賀郡」の領地を恩賞として、光秀に与えたといいます。

その恩賞について、信長の一次史料である『信長公記』には、「志賀郡明智十兵衛に下され、坂本に在地候なり」と記されています。

「志賀郡」とは「近江国滋賀郡」のことですが、光秀が一つの国を拝領したことが記されています。

当時の光秀は、近くの宇佐山城(うさやまじょう)主であったことから、信長の家臣としては初めての「一国一城の主」という破格の待遇を得たことになります。

外様であった光秀が、織田家譜代家臣よりも好待遇を得たのです。

それ程、難敵であった比叡山延暦寺ですが、その後の光秀の城造りには、比叡山延暦寺に倣ったフシがあります。

志賀郡(滋賀郡)を拝領した光秀は、信長の命令で滋賀郡坂本に坂本城を築城します。

敵が比叡山延暦寺を復興する動きもあったことから、比叡山の監視などが目的で築城されたのではないかと考えられています。

比叡山延暦寺には、石垣を作る穴太衆という技術集団が存在していたそうです。

穴太衆が造った石垣は、火縄銃の弾をはじく程の高い防御機能がありました。

史料に残っているわけではありませんが、光秀の築城した石垣を見れば、比叡山が抱えていた穴太衆の技術を活かしたことが分かるそうです。

穴太衆は石垣職人とも言われますが、その後、織田信長、豊臣秀吉らの城郭の石垣にも携わっています。

坂本城は時代の最先端だった

坂本城の詳細は信頼性のある史料には記載が少なく、現代でも良謎の多い城です。

光秀と親交のあった公家の吉田兼見(よしだ かねみ)は、建築途中の坂本城の天守を視察しています。

吉田兼見は、自身の日記『兼見卿記』に、坂本城のことを記しているのです。

『兼見卿記』よると坂本城の築城工事は約1年半以上あったことや、「天守」と「小天守」があり、「小天守」で茶会を催したことがあることなどが記されています。

「天守」と「小天守」がある城は、当時としては珍しく、安土城築城の7年も前に築城された坂本城は、時代の最先端をいく城でした。

坂本城は水城だった

また津田宗及(つだ そうぎゅう)の『茶会記』によると、坂本城は琵琶湖を利用した水城であり、城内にまで船が出入りしていたことがわかるそうです。

坂本城址公園から見える琵琶湖

坂本城の跡地から見える琵琶湖

琵琶湖を利用した城郭は、織田信長の安土城でも知られています。

他に、織田信長の甥である織田信澄(のぶずみ)の大溝城(おおみぞじょう)(滋賀県高島市)、羽柴秀吉の長浜城(滋賀県長浜市)も琵琶湖に接していたとされており、琵琶湖に接するように四つの城が形成されていたことになります。

※大溝城について現代でも詳細が分かっていませんが、古い史料によると、琵琶湖を利用した水城であったと考えられているそうです。

琵琶湖の水覇権を擁する水軍は、近江国滋賀郡を拝領する光秀の配下にありました。

織田信長が琵琶湖の水運支配の為、琵琶湖に四つの城を形成したと云われています。

船で琵琶湖を渡ればお互いの城に楽に行き来ができますので、経済や軍事を円滑に進める上で良かったのかもしれません。

 

因みに、光秀の居城であった宇佐山城は、光秀が坂本城を築城し移ったため廃城となったのではないかと推察されています。

 

本能寺の変に焼失した坂本城

後に本能寺の変が起き、豊臣秀吉との対決である山崎の戦いで光秀が敗北して没します。

その後、坂本城は光秀の娘婿と伝わる明智左馬助(秀満)らと共に、炎に包まれることになります。

光秀の死を知った左馬助(秀満)は、安土城から坂本城へ移り、一族衆を刺し、坂本城に火を放って自害したのです。

 

後に、坂本城は再建され丹羽長秀が置かれるものの、大津城が築かれると坂本城は廃城となります。

大津城に坂本城の石材、資材は運ばれ使用されたため、城の痕跡がなくなり江戸時代にはどこに坂本城があったのか分からなくなっていたそうです。

時は経ち1979年(昭和54年)、発掘調査が行われ、坂本城の構造の一部が分かったそうです。

また現代でも、渇水によって琵琶湖の水が干上がると、いつもは水面下に残る石垣が姿を現すことがあります。

これは、わずかに残る坂本城の痕跡です。

そして、現在は坂本城址公園として整備され、坂本城跡に光秀の石像が置かれています。

明智光秀の銅像、業績、歌などの碑石

坂本城址公園にある光秀の石像

 

坂本城址のアクセス

〒520-0105 滋賀県大津市下阪本3-1

<電車>

京阪電鉄石山坂本線の松ノ馬場駅から徒歩約15分

JR湖西線の比叡山坂本駅から徒歩約20分

JR湖西線の唐崎駅から徒歩約20分

<車>

名神高速道路の大津ICから25分

西大津バイパスの滋賀里ランプから4分

駐車場:坂本城址公園駐車場(無料)

明智光秀の城・亀山城(亀岡城)

亀山城のあった丹波国とは、現在の京都府から兵庫県の内陸部にまたがる地域です。

1575年に光秀は信長から丹波国の攻略を任され、1579年頃に丹波国の平定を成し遂げます。

その際、亀山城は丹波平定の軍事拠点として、明智光秀によって築かれます。

平定後は光秀に丹波国が与えられ、亀山城を拠点に丹波経営を行ったと伝わります。

亀山城の石垣

亀山城(亀岡城)の石垣

また、丹波国に存在した城「福知山城」には明智左馬助(秀満)、「黒井城」には斎藤 利三、「八上城」には明智光忠を置いて丹波国を統治します。

そして、後の本能寺の変の時も、光秀は亀山城から出陣したそうです。

光秀の死後も亀山城は、京都と山陰道を結ぶ要の場所であるため、秀吉や家康からも重要な城と見なされ、慶長15年1610年、徳川幕府によって近世(きんせい)の城郭に改修されます。

その為、現在見ることのできる石垣は光秀が築いたのものではありません。

また、亀山城という名のお城は伊勢(三重県)にもありました。

同じ名前では紛らわしいとのことで、明治時代に京都府亀岡市と土地の名を改めて、城の名前も「亀岡城」と変更になりました。

これは江戸の幕末に起きた戊辰戦争で伊勢の亀山藩は新政府側として戦い、丹波(京都)亀山藩は幕府側であったため、敗北した丹波のほうが改名させられることになったそうです。

 

その後、廃城処分となった亀山城(亀岡城)は転売され、大正時代に新宗教「大本」が購入しました。

その後、一時は亀岡町に所有権が渡ったものの、太平洋戦争後から現在まで所有権は再び大本に戻ったため、亀山城跡を見学したい方は受付(みろく会館)にて許可をもらう必要があるそうです。

※見学料は無料で写真撮影もできるそうです。

※また、千代川小学校に亀山城(亀岡城)の城門(新御殿門)が移築されています。

亀山城(亀岡城)跡のアクセス

京都府亀岡市荒塚町内丸1

電車:JR嵯峨野線・亀岡駅から徒歩約10分

車:京都縦貫自動車道・亀岡ICから10分

駐車場:駅周辺のコインパーキング

千代川小学校のアクセス

京都府亀岡市千代川町北ノ庄国主ケ森21

電車:JR山陰本線千代川駅から直線距離で438m

明智光秀の城・周山城

天正9年(1581年)、周山城(しゅうざんじょう)は、明智光秀によって築城されました。

山奥に造られた大規模な山城です。

丹波国を拝領した光秀が、東丹波統治の拠点としたもものと見なされています。

周山城の石垣

周山城の石垣

城主には娘婿で重臣・明智光忠を入れたと伝わります。

丹波国という広い領土を得て、重臣らを城主にした光秀ですが、本能寺の変の2年前のことです。

茶人・津田宗及を周山城に招き、月見をした記録が残されています。

山崎の戦いで明智光秀が敗れ亡くなると、周山城には加藤光泰が入城しました。

天正12年(1584年)、豊臣秀吉が周山城を訪ねた記録があるものの、その後は不明です。

石垣は光秀が築城した時のものと見なされていて、築城の名手であったことが分かるつくりだといいます。

調査が行われているそうで、今後、何か発見があるかもしれません。

周山城址のアクセス

京都府京都市右京区京北周山町城山

電車:JR東海道本線の京都駅からJRバスに乗り約80分、「周山」バス停で下車

車:名神高速道路の京都南ICから約65分、京都縦貫自動車道の八木東ICから約35分

駐車場:ウッディ京北・市役所京北支所の駐車場を利用

 

光秀の坂本城の跡地に行った記事はこちらです

琵琶湖に面した坂本城址公園

 

明智秀満を置いたとする福知山城についてはこの記事に詳しく記載しています。

明智光秀が丹波の地で慕われる理由

 

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