麒麟がくる36話あらすじ、感想 17条の意見書に憤慨する義昭

麒麟がくる36話のネタバレを含んだあらすじ、感想を書いています。

光秀は、三条西実澄のお供として御所へ参じます。

松永久秀の離反や武田信玄の西上作戦、17条の意見書に激怒した足利義昭の挙兵など、麒麟がくるは佳境に入ります。

目次

三条西実澄のお供として御所へ参じる

摂津晴門(片岡鶴太郎さん)ら幕府を蝕んでいた諸悪の根源は、駆逐されました。

その分、明智光秀(十兵衛)(長谷川博己さん)の荷は重くなり、光秀自身、進むべき道にも迷いが生じていました。

織田信長は天皇を崇拝していますが、光秀の信念は将軍の下に武士が集い、太平の世を築くというものです。

正親町天皇(坂東玉三郎さん)とはどの様な人物か、伊呂波太夫(尾野真千子さん)に尋ねます。

すると、伊呂波太夫は、正親町天皇の信頼を得ている三条西実澄(さんじょうにしさねずみ)(石橋蓮司さん)に会わせてくれると言います。

三条西実澄は、風変わりな公卿で、和歌や古典に通じ『古今和歌集』を極めた三条西家の当主です。

和歌に精通している光秀を気に入った三条西実澄は、後日、光秀に御所へ参じる機会を与えます。

元亀3年(1572年)冬のことです。

京都御所
京都御所

無位無官の光秀は、昇殿が許される身分ではありませんので、三条西実澄の御用人に扮して天皇の御座す小御所へ向かうことになりました。

明智光秀は公家がかぶる立烏帽子(たてえぼし)、公家が着用する狩衣(かりぎぬ)を身にまとって御所に踏み込みます。

そして、三条西実澄が正親町天皇に拝謁している間、光秀は廊下で待機していました。

正親町天皇の言葉が光秀の心に響く

すると、三条西実澄は、中国明代最高の詩人・高啓(こう けい)が詠んだ「胡隠君を尋ぬ」(こいんくんをたずぬ)という漢詩を愛唱します。

「水の流れや花を見る時、無心に時を過ごす」という意味を持つ詩です。

三条西実澄の「珍しき鳥(光秀)が舞い降りております」という言葉で、光秀が外で待機していることを知った正親町天皇は、使者を介して「朕はこの詩の如く 日々生きたいと思う」と書いた文を渡します。

至近距離にいるものの、じかに尊顔を拝することはできない光秀は、正親町天皇の御座す方向に向かって返事します。

私もその様に生きたいと願っておりますが、迷いながらの道でありますと。

何処を目指しているのかという天皇の問いに、光秀は「穏やかな世」を目指している旨返答します。

「穏やかな世」は遠く、天皇自身も迷われるそうですが、歩もうと仰せになる天皇の言葉が光秀の心に響きます。

そして、光秀の名前を胸に留め置くと仰せになり、光秀は何とも言えない表情になります。

藤吉郎、柴田、佐久間が光秀に相談する

京の館に戻った光秀は、正親町天皇の言葉を思い出していました。

そこへ、煕子(木村文乃さん)から、木下藤吉郎(佐々木蔵之介さん)、柴田勝家(安藤政信さん)、佐久間信盛(金子ノブアキさん)が訪ねてきたことを知らされます。

信長(染谷将太さん)から文で知らせを受けていた光秀は、何の話か察しがついていました。

大和の松永久秀(吉田鋼太郎さん)と筒井順慶(駿河太郎さん)の間で戦になり、河内にまで飛び火していて厄介な状況になっていたのです。

その件で、光秀も信長から出陣を命じられています。

柴田勝家が言うには、足利義昭(滝藤賢一さん)の厳命により出陣するものの、信長は気が重いようです。

足利義昭は、筒井順慶びいきの上、兄・足利義輝(向井理さん)を亡き者にした事件に松永久秀が関わっていると思い込んでいるようです。

なので、戦支度を催促したり、松永の首を取れと発破を掛けたりしているのだと言います。

以前、松永久秀と筒井順慶が、一触即発の状態になった時、光秀の機転により戦を回避した経緯があります(34話)。

ですが、長年の宿敵同士、結局は戦になっていました。

松永久秀征伐要請に苦悩する

織田勢から見れば、松永久秀は敵ではありません。

その松永久秀を敵視する足利義昭のことを、柴田勝家は「始末に負えない」と本音を吐露します。

佐久間信盛は、言い過ぎであると諫めますが、木下藤吉郎は同調します。

松永久秀を討つ暇があるなら、近江の浅井長政(金井浩人さん)、越前の朝倉義景(ユースケ・サンタマリアさん)を片付けるべきたと主張します。

すっかりお酒に酔った藤吉郎は、義昭は油断できない、大和と河内に織田軍を派兵させ、近江や美濃が手薄になった隙をついて、朝倉らに攻めさせるつもりだと騒ぎ立てます。

藤吉郎は、そこまで思っていないと言う柴田勝家と、佐久間信盛に手ぬるい、甘いなどと言い絡んできます。

そして藤吉郎は、明日、近江に戻り浅井長政を討つ計画を立てると言うと、ふらりと立ち上がり去っていきました。

一方の佐久間信盛は、行儀よく館を後にします。

去り際に、厄介な問題(久秀と順慶の争い)について、また相談に乗って欲しいと光秀に言います。

そして、久秀と順慶について、思うことを信長に直言してもらえないかと依頼しました。

それは、比叡山の焼き討ちの際、信長の下知に反して、光秀は女や子供を見逃し、その上、正直に信長に告白した為、光秀なら信長に進言できるのではないかと思った為です。

一方の足利義昭から見れば、元亀2年(1571年)から元亀3年(1572年)にかけ、筒井順慶や幕府方と戦をする松永久秀は敵であり、制圧しようと動き出したのです。

剣術の指南を受ける義昭

京の二条城では、剣術の指南を受ける足利義昭の姿がありました。

二条城に参じた光秀は、戦嫌いだった義昭が剣術を学んでいることに驚きます。

前将軍で兄の足利義輝(向井理さん)は、剣豪将軍でしたので、義昭も心得があった方が良いと学び出したのだと、三淵藤英(谷原章介さん)から聞かされます。

義輝と義昭は別であると光秀は考えますが、三淵藤英は武家の棟梁が諸国の大名に侮られては困るので、良いことだと思っていました。

摂津晴門追放により、義昭の心構えにも変化があったようです。

上達したのだと言う義昭は、光秀に手合わせを求めてきます。

足利義昭と光秀の力の差は明白であり、三淵藤英がやんわりと制止しますが聞き入れません。

明智光秀は止むを得ず庭へおり、義昭の木刀を軽くかわしていますが、義昭はむきになり、がむしゃらに打ちかかってきます。

足利義昭は髪を振り乱し、肩を上げ下げしながら苦しそうに息をし、足はフラフラで、まるで幽霊のようです。

光秀はかわしながら、出会った頃の心優しい義昭のことを思い出していました。

将軍としては頼りない義昭ですが、以前の義昭は誇りと尊厳がありました。

光秀は、何かが崩れるような感覚に陥っていました。

そこへ、三淵藤英が止めにやって来て、剣術の指南は終わりました。

坂本城を煕子に見せる

館に戻った光秀は、煕子に御所に参じた話をし、信長が正親町天皇を敬う気持ちが少し分かったと言います。

武士は将軍の元に集まって、穏やかな世を築くべきであると光秀は考えますが、信長の考えは違うかもしれないと言います。

数日後、光秀は煕子を伴い、坂本城を見に近江にやってきました。

築城途中でしたが、真っ先に見せたいと思った為です。

光秀と煕子は天守閣に立ち、窓の外を眺めます。

坂本城は、琵琶湖に浮かぶようにそびえる見事な水城で、堀は琵琶湖に続いています。

坂本城址公園から見える琵琶湖
坂本城址公園から見える琵琶湖

光秀と煕子は、平安時代末の『梁塵秘抄』(りょうじんひしょう)に収録された「月は船 星は白波 雲は海 いかに漕ぐらん桂男はただ一人して」という今様を詠います。

※桂男(かつらおとこ)とは、月の中に住んでいる男性で、「月は船、星は白い波、雲は海だとしたら、どの様に船を漕ぐだろうか、桂男はたった一人なのに」という意味になるそうです。

美濃の明智城を追われて以降(17話)、ようやく城主になれるのに、煕子と子供達には人質として京に滞在してもらうことになっています。

ですが、必ず皆を坂本城に呼び寄せると光秀は煕子に誓います。

光秀は、妻子を人質に要求する義昭に対する怒りが抑えられずにいました。

聖衆来迎寺の表門
坂本城の門を移築したという聖衆来迎寺の表門

坂本城のある近江は、義昭のいる京と信長の拠点である美濃の中間にあたる場所です。

煕子は光秀の気持ちを察しているかのように、どちらに心惹かれているかと聞いてきます。

光秀は苦悩した表情で、どちらも大事であると答えますが、何か事が起きるかもしれないと予感もある様子です。

この城のように堂々と立ち続けていたいと思う光秀ですが、先のことが見えないでいました。

琵琶湖に面した坂本城址公園

久秀の離反と信玄の西上作戦

ついに松永久秀は、信長に対する敵意を示し、三好勢に接近します。

元亀3年(1572年)4月、松永久秀と三好勢を討つ為、幕府と織田は連合軍を編成し、河内に進軍しました。

しかし、信長自身は出陣せず、松永久秀を取り逃すなど、成果はほとんど得られませんでした。

この戦を甲斐の武田信玄(石橋凌さん)が、虎視眈々と見ていました。

織田信長と足利義昭の歩調が揃っていません。

時が満ちたと判断した信玄は、まずは遠江に行き、信長の同盟相手・徳川家康(風間俊介さん)を討つと決意します。

同年10月、武田信玄は、京を目掛けて侵攻を開始しました。

17条の意見書を後悔する信長

その頃、光秀は信長に呼ばれ、岐阜城に参じていました。

岐阜城(稲葉山城)
岐阜城(稲葉山城)

信長は、義昭に17条の意見書(異見書)を送付したことを後悔していました。

義昭の将軍としての行いを批判した痛烈な内容です。

義昭の仕返しを恐れた信長は、鵠(くぐい)(白鳥)を贈って、ご機嫌を取ろうと考えています。

義昭の命令に応じて松永久秀を討伐する軍勢を手配するなど、義昭に気を遣っているのだと信長は訴えます。

他にも気を遣うべきことがあると思った光秀は、親しい大名にも気を遣って欲しいと話を切り出します。

武田信玄の進撃を受ける徳川家康に、もっと援軍を送って欲しいと光秀は願っているのです。

2万の軍勢を率いる武田信玄に、徳川軍7千~8千と3千の織田の援軍では、勝見込みが低いと進言します。

ですが、信長はこれ以上の兵は割けないと言い、承知してくれません。

越前の朝倉義景は、1万5千の兵を北近江の浅井長政の援軍として派兵し、信長としても余裕はありません。

徳川軍が勝てても織田軍が負けては、元も子もないと言い、信長自身も北近江に出陣すると言います。

光秀は、足利義昭の援護を受けられる信長と、徳川家康は違うと言い、せめて2千でも援軍を足して欲しいと懇願します。

ですが、信長は足利義昭を信用してなく、武田、朝倉、浅井に上洛を促しているのは義昭であり、自分を駆逐する為ではないかと疑っています。

その考えを否定した光秀は、そのような事になれば食い止めて見せると断言します。

そう話していると、若武者が急ぎかけて来ました。

遠江の三ケ原にて、徳川・織田連合軍が、武田軍に惨敗したとの知らせでした。

17条の意見書に憤慨し決起した義昭

その頃、望月東庵(堺正章さん)の診療所では、駒(門脇麦さん)の元に義昭からの文が届いていました。

貧しい者に施しを与える悲田院のような施設をつくりたいと願う義昭の為に、駒は大金を都合していました。

そのお金を全て、鉄炮の購入に使い、戦に勝てたら返すという驚きの内容が文に書かれていました。

一方の光秀は、信長が用意した鵠(くぐい)を義昭に献上する為、二条城に登城していました。

しかし、信長との戦を決意した義昭は、鵠は受け取れないと拒否します。

義昭は、信長から渡された17条の意見書(異見書)投げ捨て、我慢できないと言います。

武田信玄に呼応した朝倉・浅井は、近江で信長を挟み撃ちにする計画であると義昭に伝えてきたと言います。

松永久秀も信長の敵になり、唯一の味方である徳川家康は大敗しました。

信長の命運は尽きたのだと言い切る義昭に、光秀は驚き、松永久秀との対立は義昭が仕向けたのだと言います。

しかし、義昭は意図したところではない様子です。

三淵藤英は、上洛に尽力した信長に恩義はあるものの、最近は天皇の事ばかり気にかけ、武家の棟梁である将軍を蔑ろにする信長が許せないようです。

そして、打倒信長の戦に参じて欲しいと光秀にいいます。

足利義昭も自分の為に、信長と戦って欲しいと要請しますが、それは出来ないと光秀は涙ながらに去ります。

光秀を呼び止めようとした三淵藤英を制した義昭は、光秀は籠から出た鳥である、また戻ってくるかもしれないと涙を流します。

元亀4年(1573年)3月、足利義昭は畿内の大名と共に、挙兵しました。

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麒麟がくる36話の感想

麒麟がくる36話では、ついに光秀と義昭の決別に至る場面が描かれました。

二人の渾身の演技、素晴らしいと思いました。

その一方、決別に至るまでの光秀の心の葛藤を丁寧に描いて欲しかったなという感想です。

35話で、摂津晴門しかいないという義昭を光秀が説得し、摂津の政所の役目を解かせました。

坂本城を返上してでも、二条城で義昭を守るという光秀の言葉で、摂津晴門らを罷免したのに、翌週には光秀から決別する決断をしました。

先週、自分には光秀と三淵しかいないと言ってた義昭を思い出して、悲しい気持ちになりました…。

摂津らを罷免した時期は、上洛して3年後という設定ですので、元亀2年(1571年)秋頃となります。

そうすると、光秀は義昭を守る決意を明言した1年後に、義昭と決別したことになります。

剣術指南の場面で、光秀の心の変化を描いたのかなと思いました。

門跡であった義昭は、貧しい者、弱い者に手を差し伸べる優しい人物でしたが、変わり果てた姿に動揺している光秀の様子が描かれたものと思っています。

以前からの要求でしたが、妻子を人質に差し出すことも一因かなと思います。

織田信長と戦いたくないという大きな理由もあるでしょうが、逆に義昭と戦うことになるわけで、そこに至るまでの過程がよく分からず…。

麒麟がくるの前半は脇役の心情の変化も丁寧に描いていたのに、今回は主役の心の変化なのに短いなと思いました…。

長谷川さんの名演技で光秀の苦しみは伝わってきましたが。

また、麒麟がくる36話の特徴は、「鳥」にあると思いました。

三条西実澄が正親町天皇に謁見する場面では、光秀のことを「万葉の歌を好む珍しき鳥」と表現します。

信長が、義昭との関係修復に選んだのも鳥で、鵠(白鳥)です。

そして、義昭は自身の元を去る光秀を「籠から出た鳥」と言い、「飛んで戻って来るかもしれない」と期待も少しあるかのような言い方をしていました。

史実上で両方の家臣たっだ光秀は、義昭に暇乞いしたものの認められず、信長と義昭の間で戦になり、信長につきます。

義昭が光秀を手放したくなかったことなど、史実に則してるんだなと思いました。

主役の妻でありながら、いつもは影の薄い煕子ですが、今回は登場場面が多かったのも良かったです。

史実では光秀との夫婦仲が良かった逸話が残っています。

逸話なのでどこまで本当かは不明ですが、麒麟がくるでも夫婦愛が描かれていて嬉しく思いました。

妻木煕子| 明智光秀の妻の生涯~逸話から愛妻家説を検証する~

三方ヶ原の戦いに関しては、ナレーションすら無く、残念に感じる人もいるかもしれませんが、個人的には光秀が関与してない戦なので仕方ないかなと思います。

中盤の桶狭間の戦いには、時間をかけましたが、終盤は尺不足で出来ないという事情もあるでしょうか。

来週の37話から数えて、残り8話ですからね。

光秀と切っても切れない丹波平定、本能寺の変、山崎の戦いがアッサリと終わったら悲しいですが…。

光秀の大河ドラマだと言うならば、そこは丁寧に描いて欲しいですね。

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