「明智光秀」の記事一覧(2 / 3ページ目)

織田信長と上杉謙信~濃越同盟から手取川の戦いへ~

明智光秀
洛中洛外図 上杉本 右隻

第六天魔王・織田信長と軍神・上杉謙信、歴史好きでなくても知っているであろう位に有名な二人ですが、どのような関係だったのでしょうか。 実は、信長と謙信は間接的な接点は多いものの、直接的な接点は少なめで織田軍と上杉軍の戦も一度だけとされていますし、その対決も信長自身は参戦していません。 少ない接点の中でも信長と謙信の特筆すべき事柄は、濃越同盟(のうえつどうめい)と手取川の戦い(てどりがわのたたかい)についてではないでしょうか。

明智光秀のエピソード~大黒様、鉄砲、暇乞い、連歌 愛宕百韻のエピソード~

明智光秀
足利義昭の像

明智光秀は謎の多い武将ですので、エピソードは多くありませんが、いくつか伝わっていますので紹介させていただきます。光秀と大黒天(大黒様)のエピソード, 光秀と鉄砲のエピソード, 光秀が足利義昭に暇乞いを願いでたエピソード, 光秀の連歌 愛宕百韻のエピソードについて記載しています。

明智光秀の大河ドラマ【麒麟がくる】のキャストと概要紹介

明智光秀
麒麟(きりん)

2020年の大河ドラマ、「麒麟がくる」についての記事です。 令和初の大河ドラマは特別なものとされており、新たな時代の大河ドラマの始まりだそうです。 その大事な主役に選ばれたのは、あの有名な本能寺の変を起こした明智光秀です。 では、明智光秀 大河ドラマ「麒麟がくる」の概要とキャストの紹介です。

明智光秀はどんな人か

明智光秀
明知光秀の肖像画の切り抜き

明智光秀といえば、戦国時代の武将で織田信長を本能寺の変で自害に追い込んだ人物として有名です。 本能寺の変はあまりにも有名ですが、光秀がどんな人かというと、詳細は知らないという方も多いのではないでしょうか。 本能寺の変のインパクトから裏切り者として悪いイメージが強い方も多いと思いますが、光秀は妻想いだったことや、光秀が治めていた地域では今も慕われていたり、光秀は一体どんな人だったのかわからなくなります。 今回は光秀はどんな人だったのか略歴などをまとめみました。

明智光秀が丹波の地で慕われる理由

明智光秀
福知山城

明智光秀は、丹波国で慕われ、京都府福知山市には明智光秀を祀った神社もあります。 明智光秀といえば、本能寺の変を起こした謀反人として、あまり良くないイメージを持っている人もいると思いますが、丹波国の領民から慕われた名君としても知られています。 何故、丹波の領民に今もなお慕われているのか、光秀が慕われることになった所以の記事です。

明智光秀の肖像画~本徳寺の肖像画は明智光慶が描かせた!?~

明智光秀
明知光秀の肖像画の切り抜き

明智光秀唯一の肖像画は、大阪府岸和田市にある本徳寺(ほんとくじ)が所蔵しています。一説には、明智光秀の長男である明智光慶(あけち みつよし)が、出家して南国梵桂(なんごく ぼんけい)となり本徳寺を開基し、光秀の肖像画を描かせたとされています。光秀の肖像画について、明智光慶について記しています。

明智光秀の妻・妻木 煕子(ひろこ)

明智光秀
光秀の妻・煕子のお墓

明智光秀の妻の名は、妻木 煕子(つまき ひろこ)または明智 煕子(あけち ひろこ)とされています。明智光秀の妻は謎に包まれていますが、妻の生涯、疱瘡(ほうそう)や黒髪の逸話、『兼見卿記』に見る光秀の妻の享年について記載しています。

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